第2323回例会

第2323回例会(2024年4月1日)

「米山梅吉記念館について」
長泉ロータリークラブ 小原 秀樹 様

「公益財団法人 米山梅吉記念館」と「公益財団法人 米山記念奨学会」との違い
色々なクラブでお話をさせて頂きますが、多くのロータリアンから知らなかったと言われることがあります。それは「公益財団法人 米山梅吉記念館」と「公益財団法人 米山記念奨学会」この2つは全く別の組織だということです。それぞれ公益財団法人であり、米山や記念という文字が入っているので勘違いされる方が多いのかも知れません。ちなみになぜ「米山記念奨学会」に記念という文字が入っているかと言いますと、これは米山梅吉翁が始めた事業ではないからなんです。東京RCのリチャーターメンバーである古澤丈作氏が始めたので「記念」と入っています。

財団設立の目的
日本最初のロータリークラブである東京ロータリークラブの創立者、米山梅吉を記念するとともに、日本のロータリー文献を備え、かつ生涯身を持って奉仕活動や社会貢献をした遺徳を偲び、その偉業を顕彰し、根幹にあるロータリー精神の普及を図ることを目的に設立されました。

米山梅吉記念館の歴史
米山梅吉翁は、記念館のある長泉町で幼少期を過ごされました。明治42年12月に本邸とは別の拠点として長泉町下土狩に土地を取得しています。米山梅吉翁はこの別邸が気に入り、晩年はここで過ごすことが多くなりました。そして、ここが終焉の場所となりました。
没後に多くの土地が知り合いの会社に渡りました。昭和31年には首相を務めた石橋湛山氏が居住していたこともありました。そして、昭和46年6月に不動産会社に移りました。
この米山別邸が不動産会社によって分譲されるという情報がもたらされました。これを機に長泉町周辺の沼津、沼津北、三島、伊豆長岡(現伊豆中央)の近隣ロータリークラブの会員何人かが米山別邸保存の動きを始めました。ロータリアンのために保存しようというものでした。保存の対象は約340坪の土地と2階建て約60坪建物で、入手するためには千数百万円が必要でした。「米山別邸保存会(仮称)」と銘打って有志が保存に乗り出しました。
静岡県東部11クラブに呼びかけるとともに、当時の359地区にも募金を呼びかけました。結果450万円の募金が得られましたが、別邸を取得するには遠く及びませんでした。また時既に遅く、分譲が進んでしまっていました。
そこで方針を変えて、米山本邸の土地に目を移しました。米山本邸は、米山家先祖伝来のもので、家督相続で米山桂三氏の所有となっていました。この一角を借りて別邸の建物を移築し、これを記念館にしようという計画でしたが、当初米山桂三氏は、「日本のロータリークラブを創立したのは父だけの功績ではない。他の有力者の協力の結果によるもので、父の為に計画してもらうのは本意ではない。」と言って承諾してもらえなかったといいます。
しかし、地元の方々の熱意に了解して土地の一部を提供してもらうこととなりました。ただ、別邸はほとんど腐朽しており移転は無理だろうから、せめて米山家代々の長屋門を記念に残して貰えば嬉しいとの意向を示してもらえました。その際に、米山梅吉翁の遺品等について、火災で大部分消失したが、残っているものについては記念館へ提供する申し出を頂きました。
その後、有志が会合して協議の結果、別邸を移築する計画をとりやめ、この集まりを「米山記念館建設準備委員会」と改めました。鉄筋コンクリート製の記念館を建設し、出入り口には本邸に残されている長屋門を原型のまま補修して使用する方針が決まりました。募金目標を1,600万円として、広く全国規模で募ることとしました。
こうして昭和43年5月24日に「米山記念館建設準備委員会」が発足して、記念館の建設を全国的な規模で呼びかけることと、建設後の管理運営の為に財団法人を設立することが決められました。
それまで沼津北RCが担当していた事務局が建設準備委員会の事務局に移されました。合計544万6564円も引き継がれました。
今度は目標額を2,000万円として、全国のロータリークラブ、ガバナーにお願いをしました。法人設立時の昭和44年3月18日には1,536万円、昭和45年6月30日には1,810万円となり、目標の9割の達成を得ました。北は北海道、南は沖縄まで、全国津々浦々のロータリークラブ、個人から募金を得られました。沖縄県のクラブからは、当時の情勢からドルでの寄付でありました。他、三井信託銀行、三井銀行本店、三井信託銀行のOB会などからも相当額の寄付がありました。
昭和44年9月16日に開館式が行われました。当初は、大変だったそうです。電話もなく、常時管理人を置くための財政的余裕もなかったそうです。
昭和54年11月17日米山桂三氏が亡くなりました。昭和55年になって米山桂三氏の遺族により、記念館の敷地およびこれに隣接する土地全部の譲渡の申し出がありました。記念館建設の為に当初借り受けた土地150坪を財団法人である記念館に寄付する。これに隣接する843.45坪について買受をしてくれというものでした。代金は総額で8,400万円ほどとなります。当時の記念館の総資産は3,500万円ほどで、3分の1は土地や建物でした。広く寄付をお願いするために、地元地区に1口1万円の寄付をお願いしました。これにより昭和55年度中に1,240万円の寄付がありました。
その後に全国のロータリアンに1口2,000円以上の寄付を呼びかけ、昭和57年度中の募金額は7,440万円となり、昭和57年3月31日に土地所有権の移転登記を行うことができました。
記念館も認知度が高まり、徐々に来館者が増えてきました。米山詣というキャッチフレーズもあり、平成4年には1,000人、平成6年には2,000人を超えるまでになりました。移動例会も増えて、記念館2階の会議室だけでは入りきらず、大きな建物が求められました。
建設のための資金は寄付に頼らざる得ませんでした。寄付の目標額は5億円、建物に3億円、展示保存施設に2億円。平成8年より寄付の依頼をして、平成11年7月までに3億3千5百万円が寄せられました。新しい記念館は、平成10年4月28日に落成式が行われました。新館は鉄筋コンクリート地上3階建、総面積1,026㎡、展示室210㎡、ホール195m、ロビー190㎡、会議室55㎡となっています。
財団法人 米山梅吉記念館は平成23年に公益財団法人に移行しました。旧記念館は米山こども図書館になっています。

ーーー 寄付のお願い ーーー
このように、記念館は皆様のご寄付で成り立っています。現在の運営費は年間2,000万円から2,500万円ほどです。
皆様は記念奨学会に普通寄付と特別寄付で毎年ご寄付をされていると思います。たまに記念奨学会から貰えばいい、という声も聞きます。しかし、最初に申し上げましたように全く別組織です。
記念館には賛助会員制度があり、個人で3,000円から、クラブで1口1万円となっています。皆様のご協力をお願いいたします。

ーーー 行事 ーーー
毎年春と秋の年2回、例祭を開催しています。
春季例祭:米山梅吉翁の命日4月28日
秋季例祭:記念館の創立記念日9月16日
両日をもとに、前後の土曜日に開催されています。
今年は4月27日に春季例祭を行いますので、ぜひご予定があえばご参加ください。
墓参、式典、講演会、演奏会、懇親会等参加登録料 無料、参加自由となっています。