第2174回例会

第2174回例会(2019年5月27日)

「人の命を救うことに国境はない。そして、その活動に携わりたい。」
財団グローバル奨学生 清水 一紀 氏
(北海道大学学術研究員)

東南アジア地域でのSARSの流行を機に、感染症を中心とする健康危機管理分野に強い関心を持ち、
医師を志した私は、高校時代、日本代表として参加したGlobalClassroomConferenceで、各国で十分な保健医療にアクセスできない少数民族の課題に直面した。
大学入学後、途上国の医療現場に入り、保健システムの実際を学ぶと共に、その改善に至るプロセスに携わった。
日本カナダ学術フォーラムでは、高齢化問題を抱える先進国が、次世代へ向けてどのように課題を共有し、国民の合意形成を図り、科学技術を有効活用するのか、同世代の学生と討議を重ねた。
ポーランドでの臨床実習では、ヒトもシステムも異なる環境で展開される医療・医学教育から、社会背景・文化の相互理解の重要性を学んだ。
大学を卒業し、医師として、日本・アメリカ・タイの個人水準で健康を扱う臨床現場の最前線で勤務する中、患者を救う喜びを感じながらも、人間の命が不平等な状態にあり、その現状を抱えた社会そのものが病んでいる状況に直面してきた。
かつて、各国の歴史や社会経済状態、法制度と密接に関わっていた保健医療は、極めてローカルなものであった。
しかし、現在、保健医療分野の課題は、政治信条や思想を越え、多くの人に共通する案件に変貌している。
テロ、移民・難民問題、健康危機、気候変動や災害対応等の、多様かつ複雑に激変する世界情勢の中、「人間の安全保障」を実現することは、国際社会が共同して行うべき最優先課題である。
中でも、近年、SARS、新型インフルエンザ、エボラ出血熱、MERS、ジカ熱を含む様々な新興・再興感染症の世界的流行が頻繁に発生し、感染症が国際社会に及ぼす影響が改めて実感されつつある。感染症は極めて社会的な疾患であり、その流行は、感染症を引き起こす微生物側の要因のみならず、社会的(政治経済的・文化的)要因に大きく規定されている。
本人がコントロールできない側面において、自然災害に近い性質を持つことから、その防止に対する社会的要請は極めて高く、平時におけるリスク管理、危機的状況下でのレスポンス体制、そのいずれもが問われている。
他方、新興国や開発途上国の経済成長や高齢化の進展は、疾病構造を転換させ、がん・認知症・生活習慣病等を含む非感染性疾患が増加傾向にある。
日本の医学界でも「健康の社会的要因SocialDeterminantsofHealth」というテーマに焦点が当たり始めているが、すでに世界は新たなステージへ踏み出している。
例えばイギリスでは、2016年9月、TheAcademyofMedicalSciencesがHealthofthepublicという概念を打ち出した。
医学や公衆衛生学の学問領域に閉じこもった形のPublicHealthから、自然科学・社会科学・健康科学、さらに人口集団全体に影響を及ぼし得る人文科学領域の英知を結集し、各々のリソースを最大限活用することで、集団レベルの健康を実現しようとする試みである。
レジリエンスある医療・危機に強い社会作りの実現には、科学的データに基づく危機管理体制の構築が必要である。
Brexitを控えながらも、世界の政治・経済・文化の中心地であり続けるロンドンにおいて、最先端の知見を学ぶと共に、将来に資する人的ネットワーク構築に励みたい。