第2090回例会

第2090回例会 (2017年3月27日)


「科学と教育」~新しい世界への誘い~
北海道大学 遺伝子病制御研究所 分子生体防御分野
高岡 晃教 教授

 「免疫系」が欠如すると、ヒトでもハエでも生きていくことができません。つまり、常に我々は微生物の侵入を受けていますが、「免疫系」のお陰で我々の生命は維持されており、免疫はとても大切なシステムであることが理解されます。「免疫系」を始動させるには、まず、微生物の侵入を感知することが重要であり、最近、ウイルスや細菌、真菌などに対するセンサー分子が存在していることが明らかになってきました。この「微生物認識機構」についての研究が私たちの研究のメインテーマであります。例えば、黄色い色はレモンというようなパターン認識の様式で、感染初期においては、侵入した微生物に対して特徴的な認識が行われています。特に私たちが着目しているウイルス感染の場合は、ウイルス粒子に含まれている核酸(DNAやRNA)が対象となり、これに対する核酸センサーが存在しています。最近、私どもの研究室では、世界的に問題となっているB型肝炎ウイルスに対する、ヒト肝細胞における認識の分子機構を解明しました。またこういった病原微生物に対する核酸センサーを、食物由来の核酸を用いて刺激することで、感染症やがんなどの一次予防として応用できる可能性についても現在研究しているところであります。
 科学の世界において研究する者は、社会に貢献できる研究を展開させることの重要性は言うまでもありませんが、一方でもう一つ重要なことがあると私は認識しております。それは「教育」を通した社会貢献であります。2015年に経済協力開発機構が施行した国際調査(PISA)では、日本の子供たちは、科学に対する理解力は世界の中でトップレベルでありますが、科学に関する本を読むことや知識を得ることに興味があると答えた子供たちは、73カ国中68カ国目という極めて少数であるという結果が示されています。おそらくほとんどの子供たちの「学び」は、興味に基づく学びではなく、「受験」のための学びであると推測されます。そこで私は、「科学の楽しさ」に基づいた形で、学ぶ意欲を高めることが重要な課題であると認識し、何らかのアクションを起こす必要があると考えました。まず1つめの試みは、幼稚園/保育園の幼児を対象とした出張講義であります。敢えて中高生を対象とせず、色々なことを吸収する能力が旺盛な幼児の頃から科学とふれあう機会を持つことの意義はとても大切であると考えたからであります。ここでは、免疫学(感染防御の仕組み)について紹介すると同時に、この年代の子供にはまだ認識されるに至っていない「ミクロの世界」に触れる機会を提供することを目的としました。具体的には、ウイルスや細菌感染などに対する、T細胞やB細胞による免疫の基本的な仕組みについて、ばっちぃーマン(病原微生物)と“免疫戦隊まもるんジャー(免疫細胞)”を登場させた劇を交えて説明し、これに関連付けて日常のうがい・手洗いの意義について言及しました。また微生物や免疫細胞を、実際に顕微鏡を使って観察させることで、日常、目には見えないミクロの世界が存在していることに気づく機会を園児に経験させました。

 2つめの試みは、日本でおそらく最初となる『こども研究所』という教育研究プログラムを立ち上げました。ここでも柔軟な思考を持つ、感受性の高い小学校3−6年生を対象としました。特注の白衣を用意し、着用させることで参加モチベーションを上げ、現場である大学研究室へ招き、教授による講義を受け、その後、現場の研究者と触れ、研究体験させることで、大きなインパクトをもって免疫学研究の面白さを伝えるように工夫しました。加えて「こども研究員」としての認定書を発行することで、そのインパクトを持続させ、さらに次回の「こども研究所」開催時にアシスタントとして参加させることで、免疫学に対する好奇心をブーストさせる効果が期待できるようにプログラムを考えました。周りから様々な刺激を受けることで、子供たちの「可能性」は引き出され、形作られると思います。従いまして、周りの人や環境とふれあうこと、あるいは勉強や本を読んで様々な知識を入れることなどの刺激はとても重要であります。生まれて初めて知る、「新しい世界」について学ぶことは好奇心を刺激することにつながりますが、重要な事は、より質の高い、インパクトのある真の面白さを伝えることであると考えます。そして「研究の真の面白さ」を伝えることができるのは、研究に直接従事している研究者や研究機関であると思います。私たち大学の研究所は、先端的な研究を世界に発信していくことはもちろん最優先すべきミッションであると思いますが、大学は、このようにglobalな活動を行うことに加え、一方で地域社会や人々とつながり、localなレベルで社会貢献を行うことも、同等に重要なミッションであると個人的には強く認識します。

 また幼稚園や小学校レベルという時期は、感受性が高く、学習能力もおしなべて皆高いレベルであることからも生涯にわたる基礎づくりとして最も重要な時期であると思います。今後、「幼稚園/保育園出張講義」や「こども研究所」の活動を通して、将来的には、好奇心や豊かな感性を育むことができるような、より質の高い教育プログラムを作り上げ、大学と目先の高校との近視眼的な連携のみならず、長期的な視点に立ち、学校レベルを超えて、大学が幼稚園や小学校レベルと結び付くことが、研究と教育とを融合連携させた、新しい教育システムの創出へ展開させていくことができれば幸いです。従来の枠を越えたアプローチから、すこしでも子供たちに本来の学びの原動力を戻せるよう、科学を追究する研究者という立場で模索し、貢献したいと考えております。ともすれば社会の中で生きているという錯覚に陥ってしまうことが往々にしてありますが、みなさんのお陰で自分は生かされているという認識を改めて自覚し、微力ではございますが研究者という立場から、科学を以て教育を展開させることで、子供たちに本来の学びの原動力を少しでも取り戻せるような社会貢献活動を続けて参りたいと思います。
 最後になりましたが、このような私が考える「科学と教育」について、皆様にお話できる機会を頂きましたことを心より感謝申し上げます。